INSIDE STORY VoL .13 「訳」するだけではなく思いを「通」じあわせる。

千葉ロッテマリーンズ 通訳 矢嶋 隆文さん
BASEBALL

「訳」するだけではなく思いを「通」じあわせる。

グラウンドの上で輝く選手やチームを支えているのはどんな人たちなのか。パ・リーグで働く全ての人を応援する、パシフィック・リーグオフィシャルスポンサーのパーソルグループと、パ・リーグインサイトがお届けする「パーソル パ・リーグTVお仕事名鑑」で、パ・リーグに関わるお仕事をされている方、そしてその仕事の魅力を紹介していきます。


感情も正しく伝える


 矢嶋隆文さんは1995年に千葉ロッテマリーンズに通訳として採用され、今シーズンで25年目を迎える大ベテラン。現在は、ブランドン・レアード選手など英語圏の選手を担当している。矢嶋さんはアメリカの大学で野球経験があり、帰国後はアメリカの大学の日本校で職員として勤務。バレンタイン監督が千葉ロッテで指揮を執る際に、2軍監督も元メジャーリーガーのアメリカ人か就任するということで公募があったのがきっかけとなった。

「それまでは通訳になりたいという気持ちはなかったんです。通訳さんがヒーローインタビューに出て喋っているなっていう程度の関心でした。ただ野球は大好きでしたし、アメリカでプレーしていた経験、4年間大学で学んでいたことが活かせるんじゃないかなと思い立ちました」

ある程度イメージをしていた通訳の仕事だが、実際に現場に入って、いきなり難しさに直面した。

「二軍監督が選手に怒りをもって伝える時に、私が選手に“大丈夫だよ”みたいな感じで柔らかく伝えてしまったんです。それを見て二軍監督から“自分は怒ってるんだから君も怒らなくちゃだめだよ”と言われました」

その言葉は叱咤なのか激励なのか。そのままを伝えていいものかどうか。言葉を正確に訳することだけが通訳ではないが、勝手に忖度してもいけない。だから矢嶋さんは一工夫。

「例えば外国人投手がマウンドにいて、そこに投手コーチや捕手が行く。それはきっちり訳す。でもまあカッカカッカしてるときもありますから、最後に”がんばれよ”の一言ぐらいは付け加えたりするときもあります。ピンチですから不安みたいな顔よりは、Let’s Go!  絶対大丈夫ダブルプレーで帰ってこれる、さあ行こうぜ的なことをニコっと笑いながら」

それもマウンドだけではなく、ブルペンや練習時間などで普段のコミュニケーションがあるからできること。外国人プレイヤーの気持ちや考え方だけではなく、普段から監督や投手コーチの考え方を把握しておくことも通訳の大切な心得。だから緊迫した現場で正確さと矢嶋さんの気持ち、その両方で通じ合うことができるのだろう。そして通訳が目立つ場面といえばヒーローインタビュー。

「試合の流れ、アナウンサーの方が、こういう時にはこういう質問をされるのかなみたいなことは常日頃思ってますね。自分だけではなく他の通訳の方のもビデオを撮って研究しています。他の通訳の仕事も勉強になりますから」

言葉と感情の正確さ、外国人選手の熱い思いをファンに伝える研究。さらに自身の立ち位置についても思うところがある。

「メッセンジャー的にならないこと。お互いが大切な話は、外国人選手もコーチも日本人の選手も一緒にいた方が良いなと思います。自分の口から伝えるより、一緒に引き合わせてお互い顔を合わせて言った方が、悪い雰囲気にならないと思うんです。意見の違い、考え方の違いでも、そこでじゃあこうやってみようっていう前向きな話になるんです」

違う文化の中で野球をする。これは外国人選手にとってはストレスがたまりやすい環境だろう。今までのやり方と違うこともある。

「確かに不満はありますよ。そういう時は笑顔で“Welcome to Japan”。日本へようこそ、つまりこれが日本式なんだよって冗談を交えて。でもその選手がやって欲しいっていうことを球団に要請するときには、明日やればいいやじゃなくって、どんどん早くやってますね。そうすると、今度は球団からの要請を僕の口から言えば、案外受け入れてくれるというか……やっぱりお互い人間ですから。僕もアメリカでいろんな人に助けていただいて野球をやれましたし、異国に来てがんばってる彼らを助けたい」

自分のためにこんなに一生懸命やってくれてるんだという感覚に選手がなってくれる。そして外国人選手が環境になれてくれば、矢嶋さんは究極の形として「僕がいない」ことが理想と言う。

「僕のスタンスとしては、外国人選手と日本人選手がジェスチャーでもボディランゲージでもお互いコミュニケーションがとれて、僕を必要としないっていうのが理想なんです。ですから今も遠からず近からず見守る。 “ハイ タカ!”(タカは矢嶋さんの愛称)って言われたらすぐ行けるような距離にはいるようにしています」

矢嶋さんのお仕事の様子。マリーンズ・レアード選手ヒーローインタビュー 2019/7/15 L-M

矢嶋さんのお仕事の様子。マリーンズ・レアード選手ヒーローインタビュー 2019/7/15 L-M


安心してプレイできる環境づくりも仕事


 日本という文化の違う国でがんばる外国人選手たち。25年の通訳キャリアの中で、印象に残っている選手や出来事を聞いてみよう。まずは、現在担当しているレアード選手から。

「彼は今年が来日5年目。他球団で4年やっていますから通訳の技量も比較されてるとは思うんですけども(笑)。日本人にも自分から声をかけて自らコミュニケーションがとれる。すばらしいなと。彼は対応力もありますので違う球団で違うやり方でもOK、OKって言ってくれる。これが日本で長く活躍できる選手なんだなと、そういう気持ちになります」

最初に担当通訳となった選手も思い出深い。

「(ブライアン)シコースキー選手。思い入れはやっぱりありますね。彼は人格的に本当にナイスガイ。付き合ってても本当に楽しい。マウンドで腕をぐるぐる回すパフォーマンスがありましたよね。あれ見た瞬間に笑っちゃうくらい、おかしかった(笑)。それから活躍した選手は取材も多くなるので一緒にいる時間も多くなります。ベニー(・アグバヤニ)選手は優勝した年に大活躍。彼もナイスガイ。あと(ネイサン・)ミンチー選手。彼は良きパパでしたね。やっぱり長く在籍している選手ほど、お互いのことを知る時間がありますから思い出深いです」

グラウンドでの通訳以外にも、家庭でのサポートなど生活面での秘書的な部分も担う。それは小さな出来事の積み重ねであり、そこからさらに信頼関係が生まれていく。日本での生活を支えないとパフォーマンスを発揮できない。通訳はその部分も背負っているのだ。

「家族のサポートなくしては活躍できません。家で待っている家族のケアもやっぱり大切。水回りやキッチン周りのこととかまで僕にはわからないこともあるので今は国際担当の方と協力しながらケアしています」

言葉を通わせることが通訳なのではなく、心を通わせることが通訳。

「常に勉強ですよ。いろんな人がくるので。1月の下旬に成田空港に迎えに行くんですよ。会ったことも話したこともない選手なので“Nice to meet you”から始まります。そして、シーズンが終わって成田で、1年間ありがとうと言って別れる。その間、なんてことのないことでも”ありがとう”って言ってくれるとすごく嬉しい。それが宅配ピザ頼む通訳なんてことでも。そうしたら僕も、彼のためになにかしてあげたいって自然に思えますから」

最後に、この仕事を目指される方にアドバイスをいただこう。

「通訳は人と人のコミュニケーションをつなげる仕事ですから、信頼関係をどう勝ち取るか。色んなやり方はあるので模索していただければと思います。それでも気に入ってもらえない選手もいるかもしれないですけど、それは地道にコツコツとやっていくことが大事ですね。あとは、選手が病院に行った際に、ドクターと選手の間で医療の話を伝えられるとか、野球以外でも野球に関連することは日々勉強です」

◇過去のお仕事名鑑はパーソルの特設サイトからご覧いただけます。
https://www.persol-group.co.jp/special/pacificleague/index.html

文・岩瀬大二

(本コラムは2019年に取材・執筆した内容です)

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